『生駒軒物語』神田和泉町店のキセキ

【生駒会創立5周年記念祝賀会(昭和39年=川治温泉にて)】

【生駒会 会旗】

皆さん『生駒軒』をご存知でしょうか?

大正六年に麻布で創業し、戦前戦後と激動の昭和の時代にのれん分け制度で勢力を拡大し全盛期には120店舗以上にもなった元祖・町中華のお店である。

現在では後継者不在や地域の再開発などにより減少し30店舗にも満たないが、各店舗がそれぞれの地域で昔からの変わらない味として皆に愛されている。

その皆に愛される『生駒軒』がここ秋葉原にも存在する。

『生駒軒神田和泉町店』である。

『生駒軒神田和泉町店』は渡辺尚俊氏が昭和四十五年七月一日にのれん分けにより開店した。渡辺氏27歳の時である。

本来『生駒軒』では満28歳以上でのれん分けが許されるが、渡辺氏の努力と人柄が認められ異例の独立となった。

渡辺氏は元々、高校卒業後は故郷である長野県警か上京して西武鉄道に就職するつもりだった。

その西武鉄道の就職試験で上京した際に、帰りの汽車まで時間があったので東京で働いている兄に東京見物に連れてって貰おうとを連絡した。

兄の職場は上野駅からも近い台東区松ケ谷の児玉製麺所である。

東京見物に連れてってくれるとばかり思っていた兄が、実際に連れてってくれたのは児玉製麺所の社長・児玉武一氏の自宅であった。

児玉氏は渡辺氏とは親戚筋で同郷であり、数ある『生駒軒』を束ねる『生駒会』の会長であった。

その児玉氏とおかみさんより「もし良かったら高校卒業後うちで働かないか?どんな仕事か知る為にも年末年始の休みに見学に来なさい。」との申し出があり、製麵所の仕事に興味があった渡辺氏は年末再び上京した。

製麺所の仕事は早朝から深夜までで3時間ほどしか眠れない激務だった為、根をあげた渡辺氏は予定より1日早く帰ることにした。

そして長野に帰る際におかみさんより「卒業したら是非来て欲しい」との言葉と小遣いで5百円札を頂いた。

この5百円札が渡辺氏の初めての仕事に対する対価であり、人生で初めて人様から頂いたお金であった。

その為おかみさんの言葉と共にどんどんとプレッシャーとなって頭の中を駆け巡り、遂には西武鉄道の内定に断り状を出してしまった。

こうして渡辺氏は児玉製麺所に就職したのである。

【児玉製麺所】

児玉製麺所ではのれん分け制度があった。

ただ製麵所をのれん分けするのでは商売敵を増やすだけで出来ない為、製麺所の麺を使用する中華料理店をのれん分けで独立させた。

それが『生駒軒』で、その店舗を取りまとめるのが『生駒会』であった。

ちなみに『生駒軒』の名の由来は、初代児玉彦治が麻布に中華そば屋を開業した際、なじみの芸者に『生駒』という客あしらいが巧みな美形の売れっ妓がいて、その名にあやかってつけられた。

児玉製麵所に就職した渡辺氏は朝早くから晩遅くまで一所懸命に真面目に働いた。

地方から出てきて東京で自分の店を持てるというのはもの凄いモチベーションとなった。

そして数年後、料理と店舗運営を学ぶ為、直営の『生駒軒蔵前店』の配属となった。 その際いつもは売上の話などあまりしない児玉氏より「蔵前店は味が落ちて売上がガタ落ちしている。そこを何とか立て直して欲しい。だが味が落ちてお客様が離れたら元に戻すのに3年はかかると言われている。お前がいる間に戻る可能性は低いが焦らずにやってくれ。」と言われた。

そこで真面目な渡辺氏は蔵前店の営業後に、料理の評判が良かった『生駒軒外神田店』に料理の修行に寝ずに通った。

その渡辺氏の努力の甲斐あって、1年後には蔵前店の売上は倍になっていた。その頃の後輩曰く「渡辺さんが蔵前に来てから死ぬほど忙しくなった。でもその忙しさを知っているから独立してどんなに忙しくてもへっちゃらだった。」とのことである。

毎月売上を児玉製麵所に持って行くといつもはお茶を出してくれた。しかし売上が倍になったこの月は児玉氏自らがビールを出して注いでくれた。この話をしている時の渡辺氏は、児玉氏との懐かしい思い出に声を詰まらせた。

こうして渡辺氏は異例の27歳で独立することとなったのである。

【生駒軒外神田店】

そして独立は決まったものの、どこに出店するか悩んだ渡辺氏は毎朝新聞の物件情報を眺めていた。

そんなある日渡辺氏は気になった物件を見るために朝から秋葉原に来ていた。

秋葉原の昭和通り側は凸版印刷本社や中小企業があり多くの会社員で賑わっていた。

それを見た渡辺氏は、児玉製麺所や蔵前からもそう遠くない秋葉原にしようと心に決めたのだった。

帰りに寄った神田和泉町裏路地の喫茶店で、「秋葉原に出店を決めたものの、今日見た物件はそんなに良いものではなかった。この喫茶店くらいの広さは欲しいな。」などと考えていた。

すると奇跡なのか翌日の新聞にその神田和泉町の喫茶店が貸物件で掲載されていたのだ。それを見た渡辺氏はすぐに契約したのはいうまでもない。

昭和四十五年七月一日『生駒軒神田和泉町店』が誕生した。

【生駒軒神田和泉町店】

こうして『生駒軒神田和泉町店』は令和3年7月1日に52周年を迎え、78歳になった渡辺氏は今でも向上心旺盛で研究熱心である。

このご時世の影響で長年付き合いがあった肉屋が廃業した。評判の良いチャーハンの具材のハムが手に入らなくなってしまった。そこで渡辺氏はなるべくチャーハンの味を変えないように、様々な種類のハムを仕入れ試行錯誤を繰り返した。その結果、生駒軒のチャーハンが1番好きだと豪語しているアキパスCEOはハムが変わったことに気付いていなかった。これが界隈の会社員や地元の方々に愛され、ランチ時には沢山のお客様で賑わっている理由である。

『生駒軒神田和泉町店』では突出してこれがおすすめだというものがあるわけではない。しかし昔ながらのラーメンや、アキパスCEOの好きなチャーハン、ボリュームたっぷりの定食類など全てのメニューどれをとっても美味く皆に愛されている。

是非とも皆さんも歴史ある『生駒軒』の味を楽しんでみてはいかがでしょうか?

【現在(令和3年7月)の店内風景】

※こちらの記事は『生駒軒神田和泉町店』の渡辺尚俊さんのお話と平成元年十月二十五日発行の「生駒会三十年の歩み」にもとづいて構成しておりますので、
現在(令和3年7月時点)ではすでに廃業したお店もございますことをご了承ください。

参考資料
「生駒会三十年の歩み」平成元年十月二十五日発行

生駒軒 神田和泉町店
東京都千代田区神田和泉町1-2-30
営業時間11:00~15:00


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